江戸東京たてもの園

GWの半ばに、思いついて江戸東京たてもの園に行ってきました。

以前も行ったことがあったのですが、あまり時期が良くなくてちゃんと見ることができていなかったので。

 

江戸東京たてもの園は、その名の通り江戸時代の建物が移築、保存されていますが、昭和初期の近現代の建物、特に無名な木造建築が移築・保存されているのが特徴です。

 

写真は建築家・前川國男の自邸で、これを見にいくのが目的でした。

写真で見る以上に低く構え、とっても落ち着いた佇まい。

 

GWの真っ最中ではあるものの、こんなにマニアなところ、そう人は多く無いだろうと踏んでいましたが、いやいやなかなか(笑)

 

4.5Mの吹き抜けのリビング。

南に向いていることもあり、照明などなくても十分明るく豊かな空間。

 

上側の建具は障子の桟を模したもので、

そこから入ってくる光が漆喰の壁に影を落として、

落ち着いた上質な光を室内に落としていました。

南側の開口部から振り返ると、

2Fのサブリビングとつながった吹き抜け。

 

いや〜、なんとも言えない上品な空間ですね。

設計屋の業のようなもので、

建具がどう収まっているかに興味がいきます。

 

これは北側の開口部のですが、なんと建具が二重。

 

いまでこそ、断熱改修で内側にサッシを入れて二重サッシにすることもありますが・・・

昭和17年に断熱を意識していたとは思えませんが、

それでもこれは結構効いたと思います。

北側の玄関口から見た建物。

 

玄関塀をクランクさせて、玄関が直接見えないようにしているところがニクい。

 

前川國男の表札にもしびれます。

同じたてもの園の中にある、村上精華堂という、上野池の端で化粧品卸しをしていた建物の裏側。

 

関東大震災後に建てられた密集地の建物だけあり、

雨戸は鉄板、戸袋も鋼板で張り包まれています。

 

数年前に起こった糸魚川の大火もそうでしたが、

まずこうした開口部から火が内側に入って、

延焼が広がります。

 

火事のときには鉄製の雨戸を閉めて避難すれば、

ある程度延焼を防ぐことができます。

 

内側からみると、1.5ミリぐらいの厚さの鉄板で雨戸が作られていることがわかります。

 

実はこの仕様の防火戸、現在の防火戸の元になったのもので、

細かな収まりさえきちんとすれば、

今でも法に適合するやり方でもあります。

 

ちょっと、研究してみようかなぁと思いましたね。

最後は、赤坂にあった高橋是清邸の2F書斎。

 

2・26事件の際に、高橋是清が暗殺された「その場所」なのですが、書斎から見える庭が見事で。

高橋是清は何を思い、この書斎で明日の日本を考えていたんでしょうね。

 

何時かこういう空間を設計してみたいものです。